counter

追っかけ時代

筋少自伝を読んで、当時ファンだった人は当時のことを思い出してしまうと思うんですが、私もいろいろ思い出して切なくなったり苦かったりしました(笑)筋少が青春時代を占めてしまってたからね。
過去日記に追っかけしてたことが書いてあるんですが、追っかけした時のことも書いてたけど載せなかった。もう元の日記は燃やしたのでないけど(笑)
今だから、思い出した記憶をちょっと。私が追っかけしてたのは、月光蟲ツアーからエリーゼまでかな。最初は東京のライブで入り待ちだけだったのが、だんだんはまって新幹線の見送りとか地方のライブにも行くようになったのね。あの頃の橘高さんが危うかったように感じてたので、少しでも多く見ておきたかった気持ちがあって。19歳前後だったし、年上の追っかけが多くて、私はあまり積極的に出ないほうなので、積極的に話しかける追っかけ仲間の後ろにいて見てた。オーケンや橘高さんが本で言ってたようなグルーピーはどこにいたかわかんなかったな。打ち上げ参加も憧れてたけどそこまでは全くなかった。
印象的だったのは、東京駅で見送りの時に、いつもの追っかけ仲間が橘高さんと話してるのを後ろで見てたら、なぜか橘高さんが私に声をかけて、売店でライター買ってきてと100円渡されて、買ったらお金が20円足りなくて自分で出して、バカ正直に20円足りなかったって言ったら、ポケットから20円出してくれたのね。別に足りなかったって言わなくてもいいのに、でも嬉しかったな。無理して濃い化粧して、似合わないのにミニのタイトスカートにハイヒール履いたりとかしてた。幼く見えてたんだろうな。あと、ライブ後に名古屋の繁華街でたまたま見かけてついてったら、(車道に出てたので)危ないから帰りなさいと言われたような記憶も。
追っかけを辞めたのは、追っかけ仲間の間で派閥みたいになってたので、その間で自分がもとで一番親しい友達から裏切られたと怒られて、そのまま行かなくなってしまった。怖くてライブに行っても周りを見回せなくて、終わったら逃げるように帰ってた。ずっと後に一部の人とはサイトを見てメール下さって仲直りできたのだけど、当時は携帯もメールもまだ全然普及していない時代だから、そのままになってしまった方もいるのね。復活した筋少は見ているのかなぁと思ったりします。

広告を非表示にする